「桃の節句」の形

こんばんは、朝の青空 です。

 

今朝は、4日ぶりの青空でした。

ほんと、久しぶりの青空で、嬉しい朝でしたね。

 

さて

今週の3月3日は、ひな祭りでした。

今年も、先月から妻君が、リビングの特等場所に飾り付けをしてくれた。

我が家の雛人形は、二人雛(別名、親王飾り)京雛

娘君の健やかな成長と健康を願って

チョット無理して高価なものを。

 

その甲斐あってか

お陰様で、娘君は元気に育ってくれている。

願いが届いたようで、ありがたいことです。

感謝です。

 

その後、毎年ひな祭りの時期に、お出ましを頂き

御礼を込めて、ささやかにお祭りをさせてもらっている。

 

 

二人雛の表情を、近くでジッとみていたら

何かしら、非日常的なものを感じて

気のせいか、精神を高められた気がして

優れた品格なるものを、一瞬得られた様な気持ちになった。

 

そして、その衣装・装具は

私には、まさに奈良時代の帝を想像させてくれて

スウゥ~っと

天武天皇、皇后(後の持統天皇)の、やんごとなき二人の姿が思い浮かんで

我が家の雛人形に、ピタッと当てはまった。

 

**

 

兄・天智天皇の在位中に、自ら、皇位争いから身を引き

奈良・吉野に隠居した身でありながら

兄の崩御後に、兄の子・大友皇子から売られた戦(壬申の乱)をしのいで

計らずとも天皇になった弟・天武天皇

そんな、分を弁えたところが少し気に入っていて

私は、チョットだけヒイキにしている。

 

また、後に持統天皇となる天武天皇の皇后だが

壬申の乱では夫に従い

夫が天武天皇に即位後後も、夫の政治を支えた。

 

そんな皇后が病に伏した際

天武天皇薬師寺の建立を発願し、仏の加護を願った。

その背景には、皇后の病平癒だけでなく、国全体の平安を祈る思いも

あったのだろう。

 

かなり強引なやり方 だが

当時は、天皇・仏教を中心にした政治・社会であったので

これもあり…なのですね。

 

そんな夫の思いに応えるように

皇后は、病から復活して

天武天皇崩御後は、持統天皇となって

夫のやり残した種々の事業を、自ら引き継いで発展させ

藤原京への遷都を行い、後の大宝律令施行につながる体制の礎を築いたのです。

すごい人です。

 

この持統天皇の即位には、子の草壁皇子への強い思いや

孫の天皇即位を願った、家系の「つなぎ」の目的もあったのですね。

つまり、孫・文武天皇への皇位継承を視野に入れた、王統の安定・維持を

目的とした天皇即位だったと考えられています。

 

やっぱり、すごい人ですね。

すごいパワーです。

 

 

思うに

遥か遠い昔の1400年前も、今も

女性の、一番の願い・感心ごとは

わが身のこと・夫の地位…などでは無くて

「家族との関係」なのですね。

 

そして、夫へ一番に望むことも 「家族との関係」なのですね。

そういう夫へは、最大限の応援をしてくれる…

ものすごく、よく分かる。

 

 

時は移り変わり、文明が高度に発達しても

「人の本質部分」 は、何ら変わっていない…と気付きます。

人の本質は普遍なのですね。

不思議です。

 

 

二人のお墓も

当時では珍しく、同じ古墳に在るとのこと

たぶん、奈良・明日香村なのでしょうね。

 

親族で血で血を洗う、奈良時代皇位継承の権力争いの渦中にあって

こんな話で

天武天皇持統天皇には、夫婦としての「強い繋がりの姿」を感じてしまう。

 

 

歴史の真偽は、疑い出したら切りが無いが

二人の話は、まことのポエム…と信じたいですね。

「愛」なんていうと、少し面映ゆい気持ちになるが

この二人の帝は

今後も我が家の二人雛で在り続けて欲しい…

と密かに願う。

 

 

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そんな想いの中で、今年の桃の節句を過ごし

今週の3月3日

お供えしてあった「雛あられ」を、家族で楽しく頂きながら

「ありがとう」で、今年も桃の節句を終えることができた。

 

来年の桃の節句は、どんな形で、どんなことを想うのだろうか…

まずは、みんな元気で迎えられれば有り難いが…。

 

 

読んで頂き

ありがとうございました。

共有させて頂き、感謝です。//